先日の日経電子版より。
特異な才能をもち、「ギフテッド」とも呼ばれる児童生徒への教育が本格化する。中央教育審議会の特別部会が5日、次期学習指導要領の論点整理素案を示し、個別カリキュラムを編成できる特例制度を盛り込んだ。画一的な授業に苦痛を感じる子どもがいるなか、脱「横並び」へ動き出す。
だそうで。
まず、この記事に掲載されているこの図を見て私が思ったこと。

ウチの子の場合、IQ140オーバーで発達障害のあるいわゆる『2E』。
図で言えば『特異な才能を持つ』かつ『学習・行動面で著しい困難を示す』に該当します。(実際はそこまで『著しい困難』と言うほどではなく『困難』程度でしたが)
まさか高IQ児だなんて思っていなかったので小学校の時は知能検査をしておらず、発達障害の診断も受けていないけれど集団行動に遅れがあり落ち着きがないねってことで、就学相談のみで通級が決定。
こういう子もいると思うんですが、その場合はどうするんでしょう?
誰が特異な才能を持つ子だって判断できるんでしょう?家庭の判断で知能検査して、IQを提示した子だけがギフテッド教育の対象になるってコト?
と思ったら、記事を読み進めていくとこんなことが書いてありました。
素案は特例制度の対象について、「各教科の内容の一部または全部で特に優れた資質・能力と強い興味・関心があり、通常の教育課程では十分な支援が困難だと学校や教育委員会が認める者」とする方向を提示。優れた能力を示す分野について、大学など学級以外で高度な内容を学ぶため、個別のカリキュラムを編成できるとした。
あっ…なーんだ。
【学業優秀ギフテッド】のみが対象の制度ってことね。フーン。
図の(注)でIQ130以上と仮定して云々って書いてあるけどさ、『IQが高い=学業優秀』がまかり通るようなこういう書き方しないで欲しいわ。こういう表現をするから世の中にギフテッドが誤解されるんじゃない?
息子は学業に興味がないので優秀系ギフテッドではないけれど、もし小さい頃から高IQがわかっていてギフテッド教育として配慮してもらえる何かがあったとすれば、高度な内容を先取りで学ばせてもらうということじゃなくて、
算数/数学で途中式が書いていなくても答えが合っていれば✕にしない。(脳内の展開の速さに手が追いつかないため)
漢字ドリルなどの反復学習を宿題にしない。(わかっていることの反復に苦痛を感じる。息子の場合は処理凹も影響してるけど)
ノートを取らなくても問題視しない。(目で見て理解していればノートの必要性を感じない。上記の通り処理凹もあり、ノートを取る方に意識が向いてしまうと肝心な授業の理解ができない)
こういう配慮をして欲しかったです。
ただ最初に書いた途中式の問題は、結局入試などで配慮されることはないでしょうから授業で配慮してもらったとてその先は…という感じでしょうか。
本人の理解力を問うだけなら入試などでも途中式はいらないんじゃないかと思うんですけどね。↓みたいに「解く過程を他者に説明できる力」は教育学部とかだったらもちろん必要だと思うんですけれど。
いわゆる定型の人だって、例えば2+5の計算をわざわざ筆算したり、電卓に打ち込んだりする方が時間がかかるじゃないですか。しかも電卓を使うことで手が滑って数字を打ち間違えたりとかさ。
息子のタイプの高IQの場合、それがもっと複雑になっても脳内でやった方が早いってことみたいなんです。(私はそうじゃないので知らんけど)
IQが高い子って、そこを理解してもらえないのが苦痛なんじゃないでしょうか。
ノートについてはチームみらいの安野さん(開成→東大)もこう言ってます。
なんか…能力がある子に特別な教育を与えることも大事かと思うのですが、文科省はこういうところから見直していったらどうかなと思ったりします。
が、それこそ2Eなんて全ギフテッドの中でも少数派ですから、理解してもらえる日はなかなか来ないのでしょうね…(遠い目)
ちなみに先日仕事で飲み会があった時に、誰もが知る世界的有名企業を定年退職された後なぜか私の元職場にシニア採用されたという、某専門分野で超有能なおじさまとお話する機会がありたまたま息子の話になって、「あーそういう子は海外に行った方がいいね」と色々アドバイスをいただいたんですが…
英語嫌い、日本大好きな息子、絶対海外行かないな…(今だっていくら勧めても語学留学とか興味なし)という感じなので、このまま生きづらいまま生きづらい社会で生きていくんだろうな、きっと。
彼の場合、中2でちょっと不適応を起こしかけたものの、あまり「ここは自分の居場所じゃない」とか悩んだりはしなかったので、まあそれでもいいのかなと思いますけども。