昨晩の夕食は夫がハンバーグを作ったんです。
ハンバーグは夫の得意料理なんですが、平日なのに仕事後に材料買って帰ってきてわざわざ一から作り始めてさ…もう時間も遅いのに…
このブログは家族に内緒でやってるんですが、もしかしてバレてる?昨日の記事読んだ?って思っちゃいました。まあそれならそれでいいですけど。
ちなみに夫の作るハンバーグは息子の大好物。
そして好物だけに、こだわりもものすごい。
「いつもより油分が多い」だの「肉のきめ細かさが違う」だの、3回に1回は「おいしい」と言わず文句を垂れます。
そして昨晩も言ったんです。
「なんか下の方固くない?」
確かにちょっと焦げてはいました、が別にそこまで気にならないレベル。
まあ言わずにはいられなかったんでしょうけれど、私は思いました。
この状況で、よくその言葉を口にしたなあ。
私が食事を作らなくなったから、夫は唯一家族で息子にご飯を作ってくれる相手なわけです。それなのに、その相手が嫌な気分になる一言を言わずにはいられないこだわり。
すげえな。
思った言葉を飲み込めない、これぞASD、というのをまざまざと見せつけられまして。
いや、ただのASDだけが理由じゃないかもですね。ADHDの衝動性もあるんでしょう。
味覚過敏+高IQ+ASD+ADHDのコンボのなせる業かもしれない。
よくこれで学校では「思いやりがある優しい子」と評されてるもんだなあ。食事に関するこだわりだから家族以外にはこういうこと言わないのかしら。
まあそれでね、私は思ったんです。
この人は多分、気に入らないものを食べるくらいなら餓死する道を選ぶんだろうな。
うすうす思ってはいましたが、いや、理解しようとしてはいましたが、根本のところでわかっていなかった彼の価値観。
やっぱり常人とは違うんだね。
ところで…
私は息子に幸せな人生を送って欲しいと心より願っています。
そのために、大人になって生き辛くならないようにと、そういう思いもあるから仕事を休んで療育にも連れて行ったし、通級も6年間通わせたし、得意を見つけられるようにと習い事もたくさん(自分比)させたし、よりよい環境で学べるようにと中学受験もさせました。
教育費はかける気満々で、正社員を長年続けた理由の一部でもあります。
なぜなら私が本当にお金で苦労したから。
でもそれは、私が思う「幸せな人生」を歩ませるためでしかなかったわけで。
周りから見て生き辛そうでも、本人がよければそれで幸せなのよね。そういう人普通にいるもんね。
学校もそう。
せっかく中高一貫校に入ったのだから、大学を目指して欲しいしちゃんと卒業もして欲しいと思ってました。だから勉強しない、試験受けない、提出物出せない、でずっとヤキモキしていたわけだし。
でも、勉強やらないで退学になったとして、それで望んだ職に就けなかったり、就いた職の収入が低かったりしても、それでも本人がそれでよければ別に不幸じゃないのよね。
無職だって、扶養してくれる親がいなくたって、生きていくだけなら生活保護もあるし。
中卒=貧乏=不幸、という私の価値観に支配されていただけ。
(不快になられた方すみません。私の実家がそうだっただけです)
だったら
食べない=栄養失調=病気・死=不幸
という図も成り立たないわけですね。(あくまで「食べない」であり「食べられない」じゃないですし)
最初の選択は自分でしているわけだから。
高IQの人はとにかく「自分で選ぶ」ことが大事なようですから、もうここから先の息子の人生は息子に任せましょう。
今既に「高校で留年したら、高校の学費を4年分払うつもりはないのでその時点で退学させる」ことは話してあります。