N50発達障害男子の中学受験、からの中高一貫校生活

発達凸凹、高IQでもN偏差値は50の男子。2023年の中学受験とその後の生態を綴るブログです。

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押し寄せる後悔① 保育園編

息子が発達障害の可能性の指摘を受けたのは4歳の時でした。
その後12歳になるまで医師の診断は受けていないのですが、手元にはその4歳の時に自治体の子ども発達センター的なところにて支援員さんの下で受けた「新版K式発達検査2001」の報告書があります。

検査時の年齢は4歳9か月。
検査結果については

姿勢・運動:年齢の上限を超えているため評価省略
認知・適応:発達年齢6歳2か月 発達指数129
言語・社会:発達年齢5歳5か月 発達指数113
全領域:発達年齢5歳10か月 発達指数122

と、それぞれの領域全てが実年齢以上ではあったのですよね。

ただ、この時は療育利用のための検査で、むしろ総合所見の欄に書かれた

①見て理解することが得意なようです。
②手先の細かい操作は苦手としているようです。
③検査時の様子から注意や集中を保つために工夫が必要なようです。
④検査時の様子から周囲の状況を理解して行動することが難しいようです。

との内容から、これが出来ないんだ、あれが出来ないんだ、出来ないことをどうにかしなきゃ!と思ってしまい「出来ることを伸ばそう」という方向に全く考えが向きませんでした。

当時の息子は保育園児。
送り迎えの際も、気持ちの切り替えが苦手ですぐに次の動作に移れない息子に私は「早く早く」と急かしてばかり。
私だって唸るほど時間が有り余っていたらいくらでも(いくらでも、は言いすぎか…少しは)息子に寄り添ってのんびりと待ってあげられたかもしれません。
でも朝は仕事に行かなくちゃならない。電車の時間は差し迫っている。なのに朝ごはんを食べるのも支度をするのも何もかもが遅い。

そしてお迎えの時はお迎えの時で、遊びに夢中で「帰るよ」と言っても全然気持ちを切り替えられない。
家に帰ったらばあやが温かいご飯を用意して待っていてくれてきれいなお風呂が沸いているなら私だって付き合えるけど、帰ったら急いでご飯作ってご飯食べさせて(これがまた夕飯を食べるのも遅い)、風呂掃除して風呂入れて、22時までに寝かせて…と考えるだけでもう「早く早く早く帰ろうよ!」となってしまう。そして、グズグズしている息子に結局怒ってしまう…

一日が30時間くらいあったら違ったのかも。結局私自身に余裕がなかった。

私もクイーン・メリーを淹れてくれるばあやが欲しい

なお、当時の私の職場は昭和の感性の会社で時短勤務も息子の3歳の誕生日前日までだったので、以降卒園まで息子はほぼ毎日延長保育でした。
延長保育時間になると異年齢の子が大部屋で一緒の保育となり、各々が好きな遊びをしてお迎えまでの時間を過ごしていました。
そこで息子が夢中になったのが、レゴとマグフォーマー。
保育園には家よりもたくさんの種類があり、いつもひとりで黙々と大作を作っていました。
そしてそれが保育園児の作品としてはあまりにも複雑で超大作だったりするので、年齢が下のクラスの子だけでなく上のクラスの子も思わず周りに集まってきて見入ってしまうほどだったようです。
お迎えに行くとクラス担任の先生以外が見てくださっていることも多々あったのですが、その時によくこう言われたりしました。

「また息子君がすごい作品を作っていたので、みんなどうやって作るのか夢中で見ていましたよ」

「息子君、アルゴクラブとかに通ったらいいですよ!」

 

アルゴクラブ…?

調べてみると確かに息子が好きそうだし楽しそう。

株式会社アルゴクラブ:算数オリンピック数理教室


だけど、近くに教室がない。
送迎となると平日はフルタイム勤務だし、土日は別の習い事が入っていて連れていく時間がない。そもそも疲れているし。
ま、別にやらなくていっかー、とスルーしてしまっていました。

こういうところですよね…。

保育園の先生は本当に息子のことをよく見てくれていて、せっかく親として息子の能力を伸ばせるアドバイスをもらっていたのに、実行しなかった。
そして、そういうところを褒めたり伸ばしてあげず、出来ないことばかり指摘していた。

きっと子どもを伸ばせる親御さんは、共働きであっても仕事を調節したり、土日に疲れていても子ども優先で動けるのでしょう。
遡れば、氷河期世代とは言えこんな自由の利かない会社でしか働けない自分の能力が低いわけで。
親力の差が今の息子の状態なのだなあ、と切なくなってきました。

 

続き↓

sasachizu.hatenablog.com