正直息子は勉強が好きなタイプではありません。
それをわかっていながら、なぜ勉強させようとするのか。
中学受験の時はそれはそれで理由がありました。
今は出来ればちゃんと学校を卒業して欲しいし、それなりの学をつけて、それなりの仕事に就いて、それなりに不自由なく自立して欲しい、という私の価値観からです。
私の中高生時代において絶対に達成すべき目標は「絶対に大学に行く、そしてちゃんとした会社員になる」でした。
なぜなら、父や母が会社員でなかった私の家が貧乏だったからです。そして、たまたま住んでいた公営住宅が世界的な超一流企業の社宅や公務員官舎に囲まれていたので、よりその思いを強くしていました。(今の時代は会社員が全てだとは思っていませんが…)
実家が貧乏でコネも美貌も才能もない庶民女子が貧乏底辺から抜け出すには学歴を経た先にある有名企業のサラリーマンになるしかないと。(バカとブスこそ東大に行けというアレですね。東大は無理でしたが)
全て、中卒自営業で貧乏だった父親と、離婚するする言いながら経済力がなく死ぬまで離婚できなかった母親を反面教師にしています。
高校入学直後からバイトは必須、大学生の頃はバイトの掛け持ちで一日2時間睡眠の日もザラでした。全て若くて体力があったからできたこと…
そして、無事に大学を卒業し世間的には名の通った企業に就職したことで、私的には少なくとも親より豊かな生活をするという目標は達成しました。結局そこは辞めちゃいましたけど。
この一種の成功体験がひとつ。
もうひとつは、多分息子を使って自分を育て直している気分になっているのです。
息子の教育費にじゃんじゃんお金を使いたがるのは、自分がそうして欲しかったから。
私みたいに家にお金がないからあれができない、これができない、という思いをしてほしくなかったから。
でも、当たり前ですが息子と私は違う人間なんですよね。
先日の旅行でつくづく感じ、そして腹落ちした息子との価値観の違い。
息子自身が別に貧乏でも良くて、給料の良い定職に就こうと思わないなら、学歴なんかどうだっていいわけで。
極端な話、息子は働かなくたって我が家が持ち家なので住む家はあるし、ひきこもれる部屋はあるし、もし私たちが死んでも自分が生きるだけだったら生活保護もあるし生きていけるわけだから、死ぬ気で頑張る必要なんてないんです。
それで本人がいいと言うなら(別に今は言ってないけど)それが本人の幸せなんですよね。
私は結構ネガティブ星人なのと、会社員の時は本当に毎日メンタルがじわじわと削られていたので、わりと「何のために生きてるんだろう」とか「人間の生きる意味ってなんだろうね」とか溜息交じりに愚痴ることが良くありました。
それを聞いていた小1だったか小2頃の息子が言った言葉を未だに覚えています。
「生きるのに意味なんてないよ。ただ生きるだけだよ」
…もうブッダの生まれ変わりかと思いました。
(いやブッダのことよく知らないからこの息子の言葉を聞いて思わず手塚治虫のブッダ全巻買ったしね)
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ちなみに現在中学生の息子、自分がこんなことを言ったなんてちっとも覚えていません。私はあまりにも哲学的な答えに感動したのに…
でもまあそれくらい、私と息子は違う人種なのです。
だから、私の価値観で息子のことを考えるのは、もうやめにしないといけないのかもしれません。
という風に今必死に自分に言い聞かせているのですが、やっぱり目先の中間テストは気になって仕方がありません。相変わらず試験直前というのに毎日ゲームをやっています。
ただ息子の様子を見ていると、今回は前回の試験前より追いつめられている感じがないので、本人なりにうまく調整できているのかな?という気もします。先日処方してもらった抗うつ剤が効いているのかも?